ベジフルサポータージャーナル

青森県弘前のりんご文化と暮らしを守る!シードルへの想い

まつのベジフルサポーターレポート

青森県のまつのベジフルサポーター、野菜ソムリエ、ベジフルビューティーアドバイザーの欠畑(かけはた)睦子です。

2018年の世相を漢字一文字であらわした「災」。自然には抗えませんが、その悲しみや苦しみから生み出される人の知恵や集力はすごいですね!

2008年の異常気象により、過去に例を見ない雹害のりんご廃棄を見て「何かできることはないだろうか?」と生まれた新事業「シードル生産」とりんごの将来への想いを今回はご紹介します。
日本一のりんご生産地、雪深い青森県弘前市。

約80種1500本ものりんごの木がある「りんご公園」内にある小さな醸造所、弘前シードル工房「kimori」の高橋哲史さんを訪ねました。

雪に覆われた工房内の暖炉では、剪定されたりんごの枝が焼べられて暖かく、その中では配送の準備が始まっていました。

高橋さんはりんご農家に育ち、子供の頃から繁忙期は家業を手伝い、りんごがあるのは当たり前、りんごのありがたみがわからない日々を過ごしてきたそう。お母様の病気を機にUターン、家業を継いでみて様々な問題に直面し、気づかされることばかりでした。

一本一本個性を持つりんごの木は生産者の手間暇と栽培技術で支えられています。もともと乾燥地で育つはずのりんごが雪深く梅雨のある北国では、7割が剪定技術を要するといわれます。先人たちが長い間守り築き上げてきた素晴らしい技術があってこそ!なのです。

高齢化で後継者は2割程しかいません。閉園せざるを得ない状況を目の当たりにし、様々な問題やりんご経済への影響など初めて知ることばかり。

目の前の雪に覆われたりんごの木を指さし、「50年を超えるこの木を植えたおばあさんは80歳を超えますが、この木があったおかげで子育てや生活ができたと話しています。亡き母が病床でりんごの心配ばかりしていた気持ちがようやくわかるようになりました」と、高橋さんは感慨深げに語ります。後継者の無いりんご園を継いでくれる若手経営者を県内外から募り、育て、弘前のりんご文化や暮らしを守っていきたいそうです。

そのきっかけは、2008年の雹害で廃棄されるりんごの姿を目の当たりにしたこと。捨てられてしまうりんごをなんとかしたいと、国内でただ一社だけ製造しているニッカのシードル工場を訪ねました。工場長の勧めもあり、翌年には若手のりんご生産者自らで作り始め、何度も失敗を重ねた末、2014年、この地にシードル醸造所を完成させました。現在は8名の生産者でそれぞれのりんごを持ち寄って生産しています。

収穫されたりんごは皮ごと果汁を絞り、酵母を入れたタンクで2度発酵させることで生まれたやさしい炭酸を自然に溶け込ませ、果汁感たっぷりのバランスのいいシードルができあがります。

その年の収穫に感謝し翌年の豊作を願う。収穫の終わった木に一つだけ果実を残す「木守り(きもり)」という風習から「kimori」と名付けられました。高橋さんは、「ここは単なる醸造所ではなく、りんごを知ってもらうための入り口にしたい」と、りんご公園内で様々なイベントを催したり、飲み比べやシードルナイトなど、積極的に働きかけます。今青森県ではシードル生産者が増え、楽しめるお店も続々でき、弘前の文化となりつつあります。

ところで、イングランドの古い風習に、りんごの豊作と健康を祈願するため行われる行事「Wassailing(ワッセイリング)」というものがありますが、先月、弘前でもWassailing「りんご酒感謝祭in弘前」が行われました。

2度目の開催となる今回も県内で製造される15社のりんご酒(シードル・リキュール・にごり酒・ワイン・酢など)が楽しめます。すべてりんご果汁を使い、各社特徴のある様々な味に仕上がっており、シードルの紹介とともに、りんご酒に合う料理やりんごケーキを味わえます。


この日、弘前シードル工房「kimori」は「つがる」の収穫時期限定で仕上げたやや辛口、ほんのりとした甘さが広がるオレンジラベルの「HARVEST」を振る舞いました。つがるは青森生まれの早生りんごで、9月上旬から10月中旬に収穫されます。ゴールデンデリシャスと紅玉の交配品種でふじに次ぐ生産量です。こちらはぜひ弘前に足を運んで、高橋さんの想いを感じながら飲んでいただきたいシードルです。

kimori-cidre.com 

平成最後のりんごの豊作と新しい年が皆様にとって幸福な一年となりますように!アグリチアーズ!農業の未来に乾杯!

青森県のまつのベジフルサポーター、野菜ソムリエ、ベジフルビューティーアドバイザーの欠畑睦子でした。

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