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2012年 4月 9日 (月)

復活なるか江戸東京野菜!!

by 野菜ソムリエyoko


デザイナーフーズ様主催の江戸東京野菜の勉強会に参加してきました!
 
http://www.designerfoods.net/

今注目されつつある江戸東京野菜をご紹介します
 

江戸東京野菜って?!

江戸期から始まる野菜文化を継承するもの
在来の固定種、在来の栽培法等に由来する物
種苗の大半が自給、種苗商等により確保されるもの
江戸期から昭和中期までのもの

「江戸野菜」は、京野菜、加賀野菜等と同じ伝統野菜なんです!!

平成23年7月に商標登録もしました

商標登録商品の22品目ご紹介〜!!

練馬ダイコン、伝統大蔵ダイコン、亀戸ダイコン、高倉ダイコン、
東光寺ダイコン、馬込三寸ニンジン、馬込半白キュウリ、
寺島ナス、東京長カブ、金町コカブ、東京ウド、伝統小松菜、
下山千歳白菜、のらぼう菜、しんとり菜、奥多摩ワサビ、
足立の妻物、本田ウリ、黄金のマクワウリ、青茎三河島菜、
滝野川ゴボウ、砂村一本ネギ


江戸野菜には物語がある?!





慶長8年に徳川家康が江戸幕府を開いたのをきっかけに江戸や
その周辺で盛んに野菜が作られるようになったんです。
各地の大名が江戸屋敷を構え、それぞれの故郷から野菜を持ち込んで
屋敷内の畑で育て、その種が流出して江戸で新品種が生まれました。
品種改良された種を売るタネ屋街道(現:中山道)が巣鴨に形成され
練馬大根のタネ三河島菜のタネが販売されていたんです。
そして地方大名や旅人達が購入して持ち帰り地方でも作られるようになりました。


練馬ダイコンの莢は参勤交代で国に帰るときの江戸土産の一つだったそうです。
一粒万倍。
軽くて持ち運びし易いタネは、領主たちにとっては農業振興に繋がり、
江戸で品種改良された話題の野菜は競って、地方に持ち帰られました。

練馬大根のタネは、東北、関東、中部、中国に伝えられ、
現在は庄内特産物となっているんですよ〜

おいねのつるいも」は、檜原村の伝統野菜

嫁ぎ先での居場所づくりとしてタネは花嫁道具の一つ

「おいねさん」というお婆さんがが甲州都留から峠をこえて檜原藪馬に来た時に
里から持ってきたイモなんだそうです。
その種が今、奥多摩に嫁ぎ治作いもとなっているそうですよ〜!!


こんなに大きな葉の正体は・・・?!





三河島菜


 三河島菜は結球白菜が中国から伝わる以前から栽培されていた漬菜で、
江戸時代初期に、三河国(愛知県)の百姓が入植して
作りはじめたと伝えられています。

三河島菜の特徴は、葉の幅が広く、色は黄緑。

白菜のようには結球せずに大きな株になり、外葉のつけ根の部分が
外の方向に張り出し、
船の錨 に似た姿なので「いかり菜」とも呼ばれ、
漬物にして食べていました。
明治初年頃から作付面積が増えていきましたが、
白菜の人気が高まるにつれて、衰退していってしまったんです。

漬物用なので、漬けた菜でご飯を巻いたり、鍋に〜
古漬けは味噌に漬け直す方法もあるそうですよ!!



亀戸大根




文久年間(1861〜64)に亀戸周辺で盛んにつくられていた大根で
お多福大根とも呼ばれていました。
荒川水系が上流から運んだ肥えた土のため、肉質が緻密で白く輝くような
大根ができ、根も葉も一緒に浅漬やぬか味噌漬にしても美味しく、
新鮮な野菜の少ない早春の青物として江戸市民から喜ばれました。
ビタミンCは普通の大根の2倍とも言われてます!!


のらぼう菜

*昭和4年9月、幕府の関東軍代伊奈備前守忠宥(ただおき)によって、
江戸近郊の天領の村々に配布された「闍婆菜(じゃばな)」の種が、
いつの間にか「のらぼう」と名前を変えて
埼玉県飯能市や青梅市を中心とした東京西郊の山麓地帯に伝わっていった説

*幕府直轄の五日市市が栽培の始まりで、野良に生えていた=野良生え⇒
のらぼえ⇒のらぼー⇒野良ぼうになまったのではないかという説。
あきる野市には子生神社には「野ら坊菜の碑」があります

*幕府が菜種油増産の為に配布したのではないかという説

があります

忍耐力が強く、寒地ではアントシアニンで茎が赤く変色する株もあるんです
ビタミンA、C、鉄分、食物繊維が豊富だと言われています

花茎はほんのり甘く、葉はほろ苦いですがクセはなし!!

お浸しや天ぷら、クリーム煮にしても相性は◎です

東京うど





日本原産の野菜で英語でも「udo」なんですよ

平安時代の文献にも「独活」「宇土」として記載されています
栽培して食べる様になったのは1600年頃で、本格化したのは
1800年過ぎたころだと言われています

立川近郊の関東ローム層は粘土質が厚く、室を作るのに適していた為
農家が増えたそうです

畑で太らせた根株を室に植えて、白い茎を成長させる軟白栽培で作られています。
室の中は16℃〜18℃と暖かく、湿度も程よく保たれていて快適です!
野生のうどに比べてアクが少なく、シャキッとした食感を
楽しむことが出来ます☆


滝野川ごぼう




日本に入ってきたのは縄文時代や平安時代等の諸説があります。
ヨーロッパや中国では古くから薬用として使われてきましたが、
食用作物として栽培してきたのは日本だけなんです!
台湾や朝鮮半島で食べられているのは日本人が伝えたものなんですよ☆

香り高く柔らかで、味が濃く風味が良い!!!
現在生産されている多くの品種の元祖と言われています♪

食物繊維を豊富に含んでいると言われ、便秘解消や糖尿病の予防、
塩分やコレステロール、老廃物の排出に役立つと言われています。

きんぴらや煮物、鍋物やチップスに・・・どうぞ☆



後関晩生小松菜





伝統小松菜はカブの一種のクキタチナとナタネの雑種から江戸時代初期に選抜されました。
八代将軍・徳川吉宗が鷹狩に出かけた際に立ち寄った小松川にある香取神社で出された青菜に名がなく、小松菜と命名したと言われています
香取神社の隣には小松菜ゆかり塚があって
小林一茶の「小松菜の一文束や今朝の霜」という句が刻まれています。

伝統小松菜はシャキシャキしていて、繊細な食感。
霜が当たると甘みを増し大きくなっても茎が柔らかい為、
30cmほどの大きさになっても出荷はできます。
しかし普通の小松菜に比べて葉が薄いので、出荷するには
小松菜の2倍の量が必要で、収穫時に葉が折れやすいので
栽培が難しいと言われています。

ミネラル、ビタミンとも豊富に含まれ、
カルシウムは牛乳の1.5倍以上含んでいると言われています。
火の通りが早く、食べると柔らかく、甘く、ほのかな苦みもあります。
和え物や、煮びたし、浅漬け、炒め物、鍋等にしてはいかがでしょうか。


江戸東京野菜の試食〜





亀戸大根の深川汁風

みの早生大根のステーキ

三河島菜の巻き寿司

東京うどのバター炒め

後関晩生小松菜のジャコ炒め

滝野川ごぼうと鶏肉の煮物

わけぎの酢味噌和え


江戸東京野菜に紹介!!




ZAGAT TOKYO KYOTO 2012 

SUSHI

TENPURA

に続き

Edo Tokyo Vegetable

として紹介されました


世界で注目されてきた江戸東京野菜

栽培はとても難しいですが、伝統は継承して行きたいと思います



























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