ベジフルサポータージャーナル

福井県300年以上続く伝統行事 山盛りごぼうを食べる「ごぼう講」

まつのベジフルサポーターレポート

こんにちは。福井県のまつのベジフルサポーター、野菜ソムリエプロ、だしソムリエ協会認定講師の水嶋昭代です。

今回は越前市国中町で江戸時代から続く「惣田正月十七日講(そうでんしょうがつじゅうしちにちこう)」又の名前を「ごぼう講」という行事をご紹介します。

こちらの集落では、毎年、旧暦の正月17日にあたる2月17日に神事を行い、山盛りのごぼう料理を食べて直会(なおらい)をする行事が300年余りの間続けられてきました。 ※直会(神事の後の会食)
町内にある国中神社の隠し田の米を藩主に内緒で食したことが始まりであったという説もありますが、信仰や、頼母子講という年貢が納められない人を神社の蓄えで救済、村からの流出を防いで結束を固めることが目的であったと考えられています。

江戸時代の宝永2年、1705年に始まったこの行事は、凶作であった1755年以外、戦時中も途絶えることなく脈々と続けられてきました。今年で数えて312回目の開催になります。この年に書かれた「十七日講定」には、米は2斗2升5合、神社の下の惣田から採れた米を使用すること。豆腐7丁、酒5升とするなど、講の料理について詳しく記されています。

昔は、この近辺の地域でも、ごぼう講と同じように、信仰的な集まり、五穀豊穣への願い、地域の結束を固めるといった意味での「宮の講」や「堂の講」が執り行われてきましたが、現在まで途絶えることなく続いているのは、このごぼう講のみになりました。

ごぼう講は、毎年宿を務める家で行われ、当番の順番は「惣田正月十七日講宿附立帳」に記されています。現在51軒が所属しており、51年に一度、宿主が回ってきます。宿主の責任と経済的負担は大変重く、その時のために長い間蓄えをし、講のために家を直したり、畳を新調したりして備えるという正に一世一代の大きな行事なのです。

中には、二回宿主を経験する人もいますが、多くの人は子供の頃に親が務めたことを、子供が51年後に引き継ぐという形でずっと継承されてきました。

ごぼう講は、山盛りのごぼう料理と物相飯(円柱に高く盛られたご飯)を食べる奇祭として、県内外のメディアからの注目も高く、毎年テレビや新聞などでも必ず取り上げられています。

一昨年、機会を得て、前日の準備から見学させていただきました。と言っても、女人禁制、男性のみで執り行われる行事です。座敷に入ることは、この地区の女性であってもご法度。お許しを得た場所から、神事、直会を静かに見学させて頂きました。(写真の一部は、長年行事を支える仕事で関わられている方からご提供いただきました)

ごぼう講の準備は、前日の朝から始まります。使われるごぼうは約300kg。親戚や知り合いにも配るようになり、いつしか大量になりました。まずは、包丁の背で皮を削ぎ、切り揃え、縄で縛ります。若い世代の人たちも加わり、先輩たちに学びながら、作業をしていきます。

糠の入った水に浸けて灰汁抜きをします。

この後に糠を入れた大鍋で茹で、水で洗います。

すりこ木でごぼうを叩き、

手で割きます。

大量のごぼうは、味噌と砂糖になじませ、一晩寝かせます。

ごぼうの一部は、「丸揚げごぼう」に。同じ長さで切り揃えられ、調理されます。


大根は、半月切りにし、10センチに切り揃えられ「下駄割り大根」として煮ます。

この下駄割り大根は、醤油、砂糖で味付けします。これらの準備は、講主の家で行われるため、車庫や倉庫などでの作業になります。こちらも、講に所属する男性のみで行われます。料理が出来がると、講宿の主人は、夕方、翌日の準備が整ったことを講人の家に挨拶して回ります。

2月17日、ごぼう講当日

ご飯やごぼう料理などが盛り付けられます。5合のご飯を高く盛り付けるための型も代々受け継がれています。慎重に型から抜きます。

お膳の上に、山高く盛られたごぼうや物相飯が並ぶと壮観です。

下駄割り大根の上に焼き豆腐を置く、半割りのたくわんの上に丸揚げごほうというように、配膳の位置も盛り付け方も決まっています。

準備が整うと、拍子木を打ち鳴らして、神事の開始を告げます。

続々と紋付羽織袴で正装した講人が講宿の家に集まり、午前11時より宮司さんを迎え、今年の豊作を祈願して神事が行われます。


厳かな神事の後は直会です。お膳が並べられ、講人が席に着きます。この座る席順も決まっています。山高く盛られたごぼうを食べ、宿主の縁者が中心になってお酌をし、酒を酌み交わします。

お膳のものは一人で食べるわけではなく、講が終わった後は、家族や縁者に持ち帰り、共に食すのです。また、国中の女性たちは、表舞台には出られませんが、陰ながらごぼう講を支えています。

昨今では、地方でも隣近所との繋がりが希薄になってきています。数年前までは、私の住む町でも自宅で葬式を行い、近所の人が集まって精進料理や賄い料理を作ることが当たり前でした。しかし、社会環境の変化、利便性などから、今では式場を使うことがほとんどになっています。その頃は、大変な思いもしましたが、今思うと、隣近所との交流、地域に伝わる伝統、料理の伝承の場として、大切なものだったのではと思います。
 
国中町の皆さんは、300年余りの間、何があっても毎年ごぼう講を執り行い、共に同じものを食べ、酒を酌み交わし、互いの親睦をはかられていて貴重なことです。この先も、変わらず継承し続けてほしいです。

福井県のまつのベジフルサポーター、野菜ソムリエプロ、水嶋昭代でした。

(行事内容考証協力:藤本正晃さん、写真提供:林直樹さん)

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